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2025-08-15

パープルチームと日本の能動的サイバー防御:新時代のセキュリティ戦略について考える

要約

今日は、パープルチームについての記事を見つけ、再考してみました。そもそもパープルチームは、レッドチーム(攻撃)とブルーチーム(防御)が協調して組織のセキュリティを強化する戦略的アプローチです。従来の対立的な関係から共通目標への転換により、リアルタイムでの知識共有と継続的改善を実現すると言う考えのもと生まれてきたものですが、さて、ここで、日本では2025年5月施行の能動的サイバー防御法というものがあります。その法律との関係で、そもそものレッドチーム・ブルーチーム・パープルチームとの関係で考えると、合法的な活動ってどういう風になるのだろう?と考え調べてみました。民間企業のパープルチーム活動は適切な承認下で合法的な「積極的セキュリティテスト」として位置づけられるのでしょうか?

解説

パープルチームと日本の能動的サイバー防御法:実施状況と法的考察(2025年8月)

1. パープルチームの概念と実践

1.1 パープルチームとは何か?

パープルチームは、レッドチーム(攻撃側)とブルーチーム(防御側)が協調して組織のセキュリティを強化する戦略的アプローチです。 GBHackersの記事で指摘されているように、パープルチームは独立したチームの新設を必要とせず、組織全体のセキュリティ文化の変革を促進する機能として実装されます。これは単なる協力ではなく、脅威情報に基づく防御(threat-informed defense)への根本的な思考転換を意味します。

1.2 レッドチーム、ブルーチーム、パープルチームの違い

レッドチームは、 倫理的ハッキングと敵対者エミュレーションを専門とし、現実世界の攻撃者の戦術・技術・手順(TTPs)を使用して組織のセキュリティを試験します。侵入テストフレームワーク、ソーシャルエンジニアリング、カスタムマルウェアを駆使し、防御制御を検知されずに迂回することを目指します。

ブルーチームは、 サイバー防御と保護運用に従事し、24時間365日体制でセキュリティインフラを監視します。SIEMプラットフォーム、エンドポイント検知応答(EDR)ソリューション、ネットワークセキュリティ監視ツールを活用し、セキュリティインシデントの検知と対応を実施します。

パープルチームは、 これら攻撃側と防御側の能力を協調的アプローチで橋渡しする機能です。レッドチームとブルーチーム間のリアルタイムコミュニケーションを促進し、技術的発見を実行可能な洞察に変換します。その独自の価値は、攻撃的洞察が直接防御能力の向上につながる知識移転にあります。

1.3 企業セキュリティを守る協力メカニズム

パープルチームは「シミュレート、検証、軽減」の3段階保護サイクルを実装します。 まずレッドチームが敵対者のTTPsを組織の防御に対してエミュレートし、次にセキュリティ制御のカバレッジを測定してギャップを特定し、最後に特定されたギャップを防御の改善と再テストを通じて対処します。

この協力メカニズムは、MITRE ATT&CKフレームワークを共通言語として活用します。 14の戦術、188以上の技術、379以上のサブ技術を網羅するこのフレームワークは、脅威インテリジェンスチームが敵対者の行動をマッピングし、レッドチームがエミュレーション計画を立て、ブルーチームが検知ギャップ分析を行うための基盤となります。

2. パープルチーム活動の実装パターン

パターン1:協調的攻撃シミュレーション演習

TrustedSec社の実装事例では、計画、実行、分析の3段階構造化アプローチを採用しています。 1-5日間の時限演習では、APTグループやランサムウェアキャンペーンなどの特定の攻撃シナリオに焦点を当て、MITRE CALDERAやSCYTHE Purple Team Exercise Framework(PTEF)などのツールを使用します。

グローバルエネルギー企業との協働では、重要インフラに焦点を当てた体系的なパープルチーム演習を実施し、攻撃の滞留時間を10日以上から数分に短縮という成果を達成しました。

パターン2:継続的パープルチーム運用

大手資産運用会社では、AttackIQ Security Optimization Platformを使用した継続的パープルチームを実装しました。 自動化されたセキュリティ制御検証により、手動テストのオーバーヘッドを70%削減し、平均検知時間(MTTD)の50-80%削減、平均対応時間(MTTR)の30-60%改善を実現しています。

パターン3:パープルチーム・アズ・ア・サービス(PTaaS)

デロイト社のパープルチーム演習サービスは、シナリオ設計、SOCユースケース特定、シミュレーション実行、改善実装を反復ループで提供する構造化されたスプリントを展開しています。このモデルは、内部リソースが不足している組織に対して、第三者パープルチームサービスを提供します。

3. 日本の能動的サイバー防御法の概要(2025年5月施行)

3.1 法律の基本構造

2025年5月16日に国会で成立した「サイバー対処能力強化法」および「同整備法」(通称:能動的サイバー防御法)は、日本のサイバーセキュリティ態勢を変革する法制です。2025年から2027年にかけて段階的に施行され、2027年までに完全運用能力を達成する予定です。

この法律は3本柱の枠組みで構成されています:

  1. 官民連携の強化。サイバー協議会の設立(2025年11月予定)、15セクター約250の重要インフラ事業者への報告義務
  2. 通信情報の利用。外国インターネットトラフィックのメタデータ分析権限(国内通信は明示的に除外)
  3. アクセス・無害化措置。攻撃者インフラの先制的無害化権限(政府機関のみ)

3.2 「能動的」の意味と範囲

日本の文脈における「能動的防御」は、攻撃が実体化する前に予測して対抗する積極的措置を指します。

  • 警察の「サイバー害悪防止官」による新たな専門部隊の設置
  • 時間的に重要な状況での緊急対応プロトコル
  • 自衛隊と国家警察庁間の協調対応

重要な制限として、国内の日本人通信内容の監視は絶対的に禁止され、民間セクターの攻撃的運用は許可されていません。能動的措置は政府機関のみに承認されています。

3.3 憲法との関係

憲法第9条(戦争放棄)は、自衛隊のサイバー運用を制限し、米国サイバー軍のような広範な権限と比較して限定的なものとしています。 憲法第21条(通信の秘密)により、国内通信の内容監視は禁止され、独立監督委員会による監視が義務付けられています。

4. パープルチームと能動的防御の法的位置づけ

4.1 パープルチームは「能動的」と言えるのか

パープルチーム活動には確かに能動的要素が含まれています。 脅威ハンティングとインテリジェンス主導のテスト、継続的なセキュリティ態勢評価、先制的な脆弱性特定は、受動的な防御を超えた積極的なアプローチです。

しかし、パープルチーム活動と政府レベルの能動的防御には明確な区別が存在します。

パープルチームは組織内部のセキュリティ演習であり、政府の能動的防御は外部脅威の無力化を含みます。法的分類において、パープルチーム活動は政府レベルの能動的防御ではなく、承認された内部セキュリティテストに分類されます。

4.2 日本の法律における可能範囲

現行の不正アクセス禁止法の下では、パープルチーム活動は以下の条件では、完全に合法です。

  • システム所有者からの適切な書面による承認
  • 承認されたシステムとネットワークに限定
  • 定義された時間枠と範囲内での実施
  • コンプライアンス目的での文書化

許可される活動には、適切な承認を得たネットワーク侵入テスト、ウェブアプリケーションセキュリティ評価、従業員同意枠組みを伴うソーシャルエンジニアリングテスト、組織境界内でのワイヤレスセキュリティテストが含まれます。

4.3 2025年8月現在の実施状況

実施済み:

  • 国家サイバー局(NCO)の設立(2025年7月)
  • 重要インフラ事業者への報告義務の法的枠組み
  • 自衛隊サイバー防衛隊とカナダ軍との合同演習「MASAKARI 25」実施

準備中:

  • サイバー協議会の設立(2025年11月予定)
  • 外国通信監視インフラの構築(2.5年以内に運用予定)
  • 遠隔アクセス・無害化能力の開発(1.5年以内に運用予定)

未確定事項:

  • 民間企業への具体的な情報共有メカニズム
  • 政府ツールへのアクセス範囲
  • セキュリティクリアランスの詳細要件

5. 論考:能動的防御の範囲と限界

5.1 日本企業にとっての実践的意味

日本の能動的サイバー防御法は、憲法的制約と現代的サイバー戦争の要請との間の繊細なバランスを体現しています。 民間企業にとって、この法律は以下の機会の提供と制約を可します。

機会:

  • サイバー協議会を通じた情報共有への参加(2025年11月以降)
  • 政府主導の脅威インテリジェンスプログラムへのアクセス
  • 強化されたサイバーセキュリティ基準への準拠による競争優位性

制約:

  • 攻撃的サイバー運用の禁止
  • 外部システムへの無許可アクセスの継続的禁止
  • 報告義務によるコンプライアンス負担の増加

5.2 パープルチーム構築における推奨事項

日本企業がパープルチーム能力を構築する際の推奨事項としては、

  1. 法的フレームワークの確立:不正アクセス禁止法に準拠した明確な承認プロセスの構築
  2. 段階的実装:限定的な演習から開始し、徐々に高度化
  3. 知識共有の促進:レッドチームとブルーチーム間の継続的なコミュニケーション
  4. 国際標準の採用:MITRE ATT&CKフレームワークの活用
  5. 人材育成:専門的スキルを持つ人材の確保と育成

5.3 今後の展望

2027年の完全実施に向けて、日本企業は以下の準備が必要と言えるでしょう。

  • サイバー協議会への参加準備:情報共有プロトコルの確立
  • 内部体制の強化:パープルチーム機能の段階的構築
  • 国際協力の推進:グローバルな脅威情報の活用
  • 技術革新への対応:AIやクラウドセキュリティへの適応

結論

パープルチームと日本の能動的サイバー防御法の交差点は、サイバーセキュリティへのアプローチにおける転換を表していruと言えるでしょう。 パープルチームが組織内での積極的で協調的な防御改善を可能にする一方、能動的サイバー防御法は政府レベルでの先制的なサイバー運用への移行を示しています。

重要なのは、民間企業の攻撃的運用は禁止されているものの、適切な法的承認の下でのパープルチーム活動は推奨されており、これにより企業は能動的なセキュリティ態勢を維持できることです。憲法的保護と市民の自由を維持しながら、日本企業は新しい法的枠組みの中で、より強力なサイバー防御能力を構築する機会を得ています。

2025年8月現在、法律の実施は初期段階にありますが、2027年の完全実施に向けて、日本企業は今から準備を進める必要があります。 パープルチーム能力の構築と、新しい法的枠組みへの適応を通じて、進化する脅威に対してより効果的に防御できる体制を整えることが求められているのではないでしょうか。