2025-11-01

再び、強い公的圧力の中でチャットコントロールが失敗

欧州連合理事会は暗号化メッセージをスキャンする危険な計画を推進しましたが、世界中からの強い反発により、現在のデンマーク議長国はこの計画を撤回しました。EFFは2022年からチャットコントロールに強く反対しており、この提案は何度も持ち上がるものの、公共の支持がないために再三却下されています。立法者は公共の安全を名目に暗号化を妥協するのをやめ、個人の人権を侵害しない実際の解決策を開発するべきです。

メトリクス

このニュースのスケール度合い

7.0 /10

インパクト

7.0 /10

予想外またはユニーク度

7.0 /10

脅威に備える準備が必要な期間が時間的にどれだけ近いか

7.0 /10

このニュースで行動が起きる/起こすべき度合い

6.0 /10

主なポイント

  • 欧州連合理事会は暗号化メッセージのスキャンを提案しましたが、強い反発により撤回されました。
  • EFFはこの提案が人権を侵害するものであるとし、立法者に対して暗号化技術の理解を求めています。

社会的影響

  • ! この提案が実施されれば、個人のプライバシーが大きく侵害される可能性があります。
  • ! また、暗号化技術の妥協は、サイバーセキュリティ全体に悪影響を及ぼす恐れがあります。

編集長の意見

チャットコントロールの提案は、公共の安全を名目にした監視の強化を意味します。暗号化技術は、個人のプライバシーを守るために不可欠であり、これを妥協することは、個人の自由を脅かす行為です。特に、暗号化されたメッセージのスキャンは、ユーザーの信頼を損なうだけでなく、悪意のある攻撃者に対しても脆弱性を生む可能性があります。立法者は、暗号化技術の本質を理解し、公共の安全を確保するためには、より効果的で人権を尊重する方法を模索する必要があります。今後のEUの議論においては、暗号化を守ることが最優先事項であり、これを妥協することは許されません。市民社会や技術者たちが声を上げ続けることが重要であり、立法者に対して圧力をかけることが求められます。最終的には、プライバシーと安全のバランスを取るための新たなアプローチが必要です。

解説

EU「チャットコントロール」撤回でE2EEの後退を回避——次は“設計で勝つ”企業の番です

今日の深掘りポイント

  • EU理事会の“チャットコントロール”(CSA規則の強制スキャン)推進がデンマーク議長国の下で撤回され、エンドツーエンド暗号化(E2EE)を弱体化する立法は当面後退しました。これは暗号政策・デジタル主権の観点で重要な一歩ですが、再提起リスクは高止まりです。
  • メトリクス解釈: 総合score 69.60はセキュリティ・ガバナンス上の重要度が高いことを示し、probability 9.00は“再浮上の可能性が非常に高い”ことの示唆です。immediacy 7.00は四半期スパンの影響管理が必要で、actionability 6.00は「今から設計・政策対応の手当てを始めれば差がつく」水準です。
  • 企業インプリケーション: 義務スキャンの猶予で設計の自由度が戻りました。クライアントサイド・スキャン(CSS)や“安全の名の下の常時検査”の実装は重大なサプライチェーン・攻撃面を増やします。欧州市場向け製品はE2EEの強度維持、監査可能なテレメトリ最小化、将来の規制変更に備えた機能キルスイッチ設計に舵を切るべき局面です。
  • ポリシー連動: CSA規則は一旦後退も、DSA・NIS2・ePrivacy・eIDAS 2など他制度との干渉で「事実上のスキャン圧力」が再燃する余地があります。ブリュッセルでの標準化・実装ガイドに対する技術的なインプットが差を生みます。

はじめに

EU理事会が、暗号化メッセージのスキャンを義務化しうる「チャットコントロール」構想の推進を図ったものの、強い反発を受けて現デンマーク議長国の下で撤回したと報じられています。EFFは2022年から一貫して本件に反対し、公共の支持を欠く提案は繰り返し退けられてきたと整理しています。暗号を骨抜きにする立法の停滞は、E2EE製品の設計自由度とユーザーの基本権を守る上で重要なモーメントです。ただし、CSA規則(児童性的虐待対策規則)に紐づく“スキャン義務化”の再提起可能性は残っています。企業側は、この“凪”の時間に攻撃面を広げない設計と、政策関与の準備を前倒しで進めるべきです。EFFの一次報告が現在の最も直接的な情報源です。

深掘り詳細

事実関係(ソースで辿る経緯)

  • 2022年、欧州委員会はCSA規則案(COM(2022) 209)を提出し、プラットフォームに対し「検出命令」に基づくCSAM等のスキャンを義務づけ得る枠組みを提案しました。未知CSAMや勧誘(grooming)を含む検出は、実質的にクライアントサイド・スキャンやE2EEの迂回を伴うとの懸念が強まりました。提案本文(EUR-Lex)
  • 欧州データ保護監督官(EDPS)と欧州データ保護会議(EDPB)は2022年、共同意見で本提案がプライバシー・データ保護の本質を侵害しうると厳しく指摘しました。検出命令の広さ、暗号化通信への影響、誤検知・濫用リスク、監査可能性の不足が主要論点です。EDPS/EDPB Joint Opinion 4/2022
  • 2025年10月、EFFは強い公的圧力を受け、EU理事会(デンマーク議長国)が現在の形での推進を撤回したと報告しました。提案は過去にも何度も持ち上がったものの、E2EEの弱体化に対する社会的支持が得られず頓挫しているとしています。EFF報告
  • 先行事例として、Appleは2021年に端末内CSAM検出(いわゆるCSS)を提案したものの、2023年に撤回しています。大規模配備されるスキャン機構が持つ誤検知・濫用・攻撃面増大のリスクを回避した判断です。Apple Child Safetyページ(声明含む)

インサイト(なぜ、何が変わるか)

  • 暗号の「設計原理」に戻る好機です
    E2EEの価値は“誰もメッセージの中身を見られない(事後も)”という強い安全性にあります。CSSや常時スキャンは、暗号の外側に「普遍的な検査口」を新設するため、設計上の最小権限・最小収集の原則と相性が悪いです。EDPS/EDPBの懸念が繰り返し支持を集めるのは、ここが根本原因だからです。撤回は、企業が“暗号を弱めずに安全を高める”設計(ユーザー主導の通報導線、オンデバイスで完結する任意機能、メタデータの最小化、透明性報告と監査可能性の強化)に投資する余地を広げます。
  • 政策は撤回で終わらない——“規制の側道”に注意です
    CSA規則が停滞しても、DSAの運用ガイドや標準化文書、加盟国の実装細則、監督当局の期待値醸成を通じ、「事実上のスキャン圧力」が再現されるリスクがあります。特に、未成年保護やプラットフォーム・リスク評価を理由に、クライアントに常駐する検査機能や疑似CSSが“ソフトロー”として求められる可能性があります。probability 9.00というメトリクスは、立法本文の復活だけでなく、こうした“側道”での再燃可能性が極めて高いことを示唆します。
  • 攻撃面としてのCSS——“安全機構が最弱点になる”逆転リスクです
    CSSや常時スキャンは、署名付きのモデル・ハッシュDB・検出ロジック・通報パイプラインという新たなサプライチェーンを生みます。これは攻撃者にとって、E2EEの外側から機密を回収するための最短経路になります。Appleの撤回事例は、技術的アーギュメントと世論が一致して“安全のための例外”をセキュリティ・エンジニアリングの観点から不可と判断した象徴的なケースです。
  • ガバナンス指標の読み解き
    • score 69.60/scale 7.00/magnitude 7.00は、短期のプロダクト設計と中期の政策関与の両面で優先度を上げるべき事案であることを示します。CISOレベルのリスクレジスターに「規制に誘発された暗号弱体化/スキャン実装に伴う攻撃面拡大」を新規エントリとして追加すべき水準です。
    • immediacy 7.00は、次の議長国提案・理事会作業部会・監督当局のガイダンス更新に備え、今期(〜1Q程度)での社内準備が必要であることを意味します。
    • actionability 6.00は、直ちに着手できる設計・運用の「手当て」が存在することを示します(下記アクション参照)。
    • credibility 8.00は情報源の信頼度が高いことを示し、取締役会向け説明の根拠として扱えるレベルです。

脅威シナリオと影響

以下は、仮説を明示した上でのMITRE ATT&CK準拠のシナリオ設計です。CSSや広義の常時スキャンが再浮上した場合、あるいは“スキャン類似機構”が事実上求められた場合の影響を評価します。

  • シナリオ1(仮説): スキャン更新チャネルの供給網汚染
    • 概要: 署名付きの検出モデル/ハッシュDB配布サーバが侵害され、改変されたルールがクライアントに配布。暗号化前のペイロードが選択的に外部送信される。
    • ATT&CK: Supply Chain Compromise(T1195)、Subvert Trust Controls(T1553)、Exfiltration Over Web Service(T1567)、Exfiltration Over C2 Channel(T1041)
    • 影響: E2EEの安全性が根本から回避され、大規模・不可視の情報流出が発生します。発覚は難しく、後追い監査が困難です。
  • シナリオ2(仮説): 法執行インターフェース/通報パイプラインのアビューズ
    • 概要: 正規の検出命令APIトークンや運用アカウントが奪取され、広域の検査閾値変更・過剰通報が誘発。DoS的負荷とプライバシー侵害が同時発生。
    • ATT&CK: Valid Accounts(T1078)、Impair Defenses(T1562)、Exfiltration Over Web Service(T1567)
    • 影響: サービス停止リスクと誤検知による利用者被害、規制対応コストの激増が重なります。
  • シナリオ3(仮説): 機械学習検出の回避とすり抜け
    • 概要: 画像・テキストの敵対的例(adversarial examples)や暗号化前難読化によりCSS検出を回避。
    • ATT&CK: Obfuscated/Compressed Files and Information(T1027)、Defensive Evasion(T1562)
    • 影響: “安全のための常時検査”が高コスト・高リスクの割に検出価値が低い構造的欠陥を露呈します。
  • シナリオ4(仮説): クライアント常駐スキャンの権限濫用
    • 概要: 高権限で常駐するスキャンプロセスが侵害され、プロセスインジェクションでメッセージ平文へ恒常的アクセス。
    • ATT&CK: Process Injection(T1055)、Boot or Logon Autostart Execution(T1547)、Credential Dumping(T1003)
    • 影響: EDR等の内製防御と衝突し、端末セキュリティモデル全体の複雑性が増大。検出困難な恒久化につながります。

これらは規制の帰趨に依らず、「スキャン的機構」を入れる設計がもたらす構造的リスクです。撤回局面の今こそ、そもそも導入しない設計選択肢を真剣に評価すべきです。

セキュリティ担当者のアクション

  • 設計方針を“暗号を弱めない安全”へピボットする
    • E2EEを前提としたユーザー主導の通報導線、年齢保護機能のオンデバイス任意実行(クラウド送信なし)、メタデータ最小化を優先します。CSSに相当する常時検査や暗号化前の汎用フックは避けます。
    • リージョン別機能キルスイッチを標準化し、将来の規制変動に即応できる形で配布・設定管理(MDM/フラグ)を整備します。
  • スキャン的機構を“入れない”場合の代替『セーフティ』を具体化する
    • コミュニティモデレーション、透明な通報SLA、法執行リクエストの監査と透明性報告、ペアレンタルコントロールのデバイス内完結をセットで設計します。Appleの撤回事例と同様に、実装の利得と攻撃面拡大のトレードオフを文書化します。
  • サプライチェーンと更新パイプラインの強化
    • 署名鍵のHSM保護、多層署名(TUF/Sigstore等)とロールバック防止、再現可能ビルド、差分配布の整合性監査、第三者検証を徹底します。スキャン類似の高リスク機能が存在する場合は、配布経路を物理的・運用的に分離します。
  • 攻撃シナリオを踏まえたレッドチームとAIOpsの見直し
    • MITRE ATT&CKに基づくシナリオ(T1195/T1553/T1567/T1041/T1055など)でレッドチーム演習を設計し、平文化アクセスや通報パイプラインの異常検知ルールを用意します。
    • ML安全性の評価(敵対的例、データ汚染、モデル抜け道)をMLOpsの標準チェックに組み込みます。
  • ガバナンスとポリシー・モニタリング
    • 役員合意の下で「暗号弱体化要求には応じない」原則を明文化し、例外判断プロセスとDPIA/人権影響評価(HRIA)を先行整備します。
    • ブリュッセルの政策動向(理事会作業部会、委員会実装ガイド、EDPB/EDPS見解)を追う専任窓口を設け、業界団体・標準化の場で“実装可能な安全策”の技術的根拠を継続的に提出します。
  • インシデント準備
    • もし既にスキャン的機構を保有している場合は、即時の機能棚卸し、権限縮小、テレメトリ遮断手順、インシデント時の広報・規制当局通知フローを策定します。通報APIやLE連携のレート制御・二要素・相互TLSなどの強化も並行して進めます。

参考情報

  • EFF: Once Again, Chat Control Flails After Strong Public Pressure(2025-10): https://www.eff.org/deeplinks/2025/10/once-again-chat-control-flails-after-strong-public-pressure
  • European Commission Proposal for a Regulation laying down rules to prevent and combat child sexual abuse(COM(2022) 209): https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX%3A52022PC0209
  • EDPS/EDPB Joint Opinion 4/2022 on the CSA proposal: https://edpb.europa.eu/our-work-tools/our-documents/joint-opinion/edps-edpb-joint-opinion-42022-proposal-regulation_en
  • Apple Child Safety(CSAM検出撤回の声明を含む): https://www.apple.com/child-safety/

この分析は、上記の一次資料に基づき、現時点の公知情報を整理したものです。再提起の可能性が高い局面だからこそ、暗号の本質を損なわない安全の実装と、攻撃面を広げない設計判断が競争力の差を生むと考えます。

背景情報

  • i チャットコントロールは、ユーザーのプライバシーを侵害する可能性があるメッセージスキャンの提案です。暗号化技術は、通信の安全性を確保するために重要であり、これを妥協することは個人の自由を脅かすことになります。
  • i この提案は、公共の安全を名目にしており、実際には監視社会を助長する危険性があります。過去の提案も同様に反発を受け、立法者はその重要性を理解する必要があります。